これも手加減・さじ加減 (お侍 拍手お礼の二十七)

        *お母様と一緒シリーズ
 

さわりと吹く風も柔らかい、そんな午後の陽だまりの中。
後れ毛をくすぐる風へ乗せ、はらはらと零れ出すのは小さなしゃぼんの珠。

 「わあ、モモタロさん上手ですvv

中が空洞になっている麦の茎をちょいとつまみ、
その先へとセッケン水をつけての、そぉっと息を吹き込んだらば。
小さな真珠玉が連なるように、幾つものシャボン玉が勢いよくも零れ出す。
「コマチ殿も、大きいのを作るのが上手ですよ?」
「えへへぇvv
お褒めに預かって光栄ですと、含羞むお嬢さんのお隣りでは、

 「………。」

やっぱり麦の茎をその指へと摘まんで、
どこか難しいお顔になっている紅衣のお侍様がいたりする。
大柄な顔触れもおいでのお侍様がたなので、
そりゃあ大物揃いなお洗濯ものと格闘していたおっ母様。
お手伝いをしてくれた寡黙な次男坊と、
こちらも踏み洗いのお手伝いをしていて、
タライから風にあおられて飛んでったシャボン玉に
歓声を上げたコマチ坊をねぎらうように、
小さな竹筒へとセッケン水を作ってくれて。
羽織を糊へとつけおきしてる間、
ちょっとだけ遊びましょうかと持ちかけて来た。
それでと始まったシャボン玉遊びなのだが、

 「キュウゾウ殿?」
 「上手に出来ないですか?」

ふうと軽く息を吹き込む先から、
透明な、でも虹色の珠が生まれてはふわふわ浮かび、
すぐ傍らの茅葺き屋根の上や、
風に流されて間近い川表へと飛んでゆく。
たったそれだけのことなのに…どうしたものか。
何度やっても紅衣の金髪侍さんの手元からは、
ぱちっと弾けるしずくしか飛ばずで、

 “器用そうに見えるんですけれどもねぇ。”

きびきびした身ごなしに、行儀のいい所作もそれはそれは優美だし、
実際の話、見えるだけに留まらないと知ってもいる。
あの双刀を操っての戦いっぷりの、何と見事で洗練されていることか。
全身が隈なく躍動し、
真っ赤な衣紋の裳裾を大きくひるがえして。
ひらり、高々と穹へ向かって舞い上がる姿は胡蝶の如く。
立ちはだかる敵の陣営、
どこから裂いてのどう切り刻めば、無駄のない動線で薙ぎ倒せるかを、
瞬時にして割り出す太刀筋は、決して容易な一閃ではないそれだのに。
そのままそれへと身体がなめらかについてく連動の物凄さ。
何でも切り裂く超振動の起動の手並みもそりゃあ見事で、
だってのに、

 「ああ、そんな強く吹くから出来ないんですって。」
 「だが。」

コマチもシチロージも吹くときにわずかほど頬を膨らませるので、
勢いつけてのことかと思うのか。
彼もまた、呼び子でも吹くかのように鋭い息を吹き込んでは、
麦の茎の先でぱちんと弾けさせている始末。
弱く微妙にという方向への加減は、
なかなか簡単には会得出来ないものなのだろか。

 “まま、一人のお人がそうも
  何でもかんでも出来るってもんじゃあないのでしょうが。”

シチロージさん、あなたが言うと説得力がないような。
(苦笑)
でもまあ、彼がそう思ったのも無理のないこと。
希代の策士よ軍師よと謳われながら、
だけれど同時に“負け戦の大将”でもあった誰かさんもまた。
侍としては一線級で、男としても申し分のない精悍さと気骨を持ってはいるが、
いいかげん、魚の身のほぐし方を覚えてくれないもんだろかなんて、
ヤマメやマスなどが食事に出るたび、
ついつい思ってしまうおっ母様だったりするそうですし。
(笑)

 「…。」

世に言う“剣豪”という存在は、そういう特性も似てくるものなのか。
こちらさんもまた、
意外なところで ずぼぉっと抜け落ちているところの多かりし彼であり。
どうして出来ないもんかと眉を寄せ、手元の麦の茎をじぃっと見やった次男坊へ、
シチロージが何とはなしに感慨深げな眼差しを向けていると、

 「でも、キュウの字が出来ないことってのは、
  今まで知らなかったから出来ないことばっかです。」

ちょいと同情してしまったものか、
二人のお侍様に挟まれて座っていたコマチ坊が、そんなお声を掛けてやる。
その場しのぎのお言いようではないらしく、

 「茹で玉子の殻むきも、あやとりも。
  じゃんけんも陰踏み鬼も、縄跳びの“お入んなさい”も。
  今までやったことないってゆってたです。」

嬉しそうに列挙するコマチに、

 「…。/////////

いや、そんなにありましたかねぇと、
口元を少し歪めつつ、仄かに赤くなったキュウゾウだったのとは違い。
聞いてた母上が唖然としたのは、

 “そんなにも遊んであげてやってたんですか。”

大人でも萎縮する無表情だってのにねぇ。
いやさ、コマチ坊にすれば、

“彼女の側が遊んであげていたのかも知れないのかな?”

大きにそうかも知れませんね。
(苦笑)
ともあれ、

 「つまりは力加減、ですよね。」

そこがなかなか伝わらない。
でも、コマチ坊が言った通り、いったん会得しちゃえば次からは、

 “草笛もせっせっせも竹トンボ飛ばしも、虎じゃ虎じゃも。
  きっちり身につけてしまえて、むしろお上手なキュウゾウ殿でもあったし。”

って、他にもまだそんなにあったんですか、初挑戦。
(つか、虎じゃ虎じゃってナニ?・笑)

 「熱いお茶やおみそ汁を、ふうふうって吹くのを思い出したらどうですか?」
 「…。」
 「あ、いやそれは…。」

ご本人がかぶりを振ったのとほぼ同時、シチロージもそれだと違うと声が出かかる。
彼の猫舌がなかなか直らないのは、そうやって冷ますのがこれまた下手だから。
どうしてもお茶の表面を大きく波立たせてしまうし、
箸の先に摘まんだものはそこから吹っ飛ぶ勢いを下げられないので、
今のところはおっ母様が冷まし役を担当中。
…よっぽど腹筋が強いんでしょうか、次男坊。

 「じゃあ、そうですねぇ…。」

何と比較したらいいものだろかと、可愛らしくも大人の真似っこ、
鹿爪らしいお顔になって考え込むコマチにくすすと微笑いつつ、
そろそろ頃合いかなと羽織を何枚かつけていたタライへ立ってゆき、
1つ1つを丁寧に絞ると形を整えつつ干し出して。
こちらはロープではなく竿へと干しかけての、
かたり、竿がけで竿受けの高みへ引っかけたところが、

 「…あっ☆」

ちくり、鋭い痛みが指先に生じ、思わずの声が出たシチロージ殿。
あまり使われてはいなかった竿がけは、表が途中で薄く裂けていて。
そこに気づかずに手をすべらせたので、指の腹を軽く擦りむいてしまったらしい。
「ああ、大丈夫ですよ。
 当たって痛かったのは、妙な手触りだなと警戒したその瞬間だけですし。」
さすがに反射が鋭いお侍様で、
おっと感じたその反射にて動作が止まって難は逃れた模様。
心配して立って来たキュウゾウ殿へと微笑って見せて、自分でも指を確認し、
棘は残っていないようだとホッとする。

  ……………と。

「え?」
「あ。」

その手を捕まえ、自分のお口の間際まで導いて、
ふうふうと吐息をかけてくれる次男坊であり。
いやそれは火傷をしかかった時や、どこかに挟んだ時では…と思いかかって、

 “でもまあ…。”

痛みをいたわっての優しい思いやりの発露には違いないから。
水を触った自分と同じほど、少し冷たい手の感触を案じこそすれ、
別に訂正するほどのことでもなしと、
むしろお顔がほころんでしまうおっ母様であり。
そんな二人を見ていて、

 「………あ。」

コマチ坊が何かを思いついたと、ぴょこり立ち上がる。

 「今の ふうふうです、キュウの字。」
 「?」
 「だから。今、モモタロさんの手をふうふうってしてあげた、その加減です。」

そうと言って差し出したのが、セッケン水を入れてた竹筒。
ああと、シチロージにも合点がいって、
「そうですね。今のはとっても優しい吹き方だったから。」
今度こそ、うまく行くかも知れませんと、こちらからも太鼓判を押せば、

 「…。」

それはどうだろうかと、ご当人が一番半信半疑というお顔をしたものの。
素直に麦ワラを手に取りの、ちょんちょんと先を浸して持ち上げて、
薄い肉付きの口元へと咥えて、

 「…。」

しばし躊躇いつつも ふ…っと吹いてみたところが、

 「わっ☆」
 「おおっvv

さらさらさらっと、流れるように現れたのが、
そのまま玻璃の首飾りにも見えそうなほど、
それは見事に粒の揃った、小さめのシャボン玉たちが長々と一連。
勿論、麦ワラを離れると小さな1粒1粒に分かれ、
やわい風の中を右往左往して舞っている。

 「凄いです、キュウタロさんっ!」

やれば出来るお人だと思っていましたよ、コマチはと。
手放しで褒めちぎるお嬢さんに乗せられて、
もう一吹きすれば今度は、ちょうど吹いてきた風に乗り、
ススキの穂のように、タンポポの綿毛のように、
小さな小さなシャボン玉たちが川表へ向かってふわふわ躍りながら流れてゆく。
「…。」
自分でもこうまで突然こなせるようになるとは思わなんだか、
ちぃと呆然としている次男坊へ、

 「お上手ですよvv

優しい方の手加減は、なかなか身につけにくいものですのにねぇ。
恐る恐るでもない、適度に勢いも残ってる吹き方だから、
あんなにたくさんのシャボン玉が一気に吹けたんでしょうねぇと、
大人なりの言葉を尽くした褒め方をしてやれば、

 「〜〜〜。/////////
 「あ。ブクブクしたらダメですよぉ、キュウタロさんっ。」

せっかくのセッケン水が減っちゃうようと、
無邪気なお嬢さんのお声が高らかに、傍らの詰め所の中へまで鳴り響き。

 「〜〜〜。」

蓬髪の惣領様までが、
それはそれは和んだ笑みを口元へと浮かべてござった、
秋のとある日の昼下がりのことでございます。






  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  07.6.10.


  *セッケンってあるのかな、あるよね?
   だってタオルがあったくらいだし、
   電光掲示板とかホバークラフトとか、
   それより何より、戦闘機とか雷電とか巨大戦艦とか、
   あれほど先進の機器が一応はあるのにさ。
   だってのに、身体はぬかで洗ってるってこたぁないだろう。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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